「エボカシオン」〜アルベニス作曲『イベリア』第1巻第1曲(1905)

初版では「前奏曲」と題されたこの作品ですが、後に"Evocacion"と改められました。この語には「死者を呪文で呼び覚ます」という意味があります。アルベニスは「イベリア」に取りかかる時には、すでにフランスに移住しておりました。愛すべき祖国イベリアの美しい情景をピアノの音により呼び覚ます…壮大な作品を自らの胸の内に呼び覚ます…という気持ちがあったのかもしれません。いずれにせよ、「イベリア」という巨大な作品の序曲として相応しい深みをもった前奏曲です。

変イ短調で始まるこの作品の出だし、濃い霧の中をさまようような謎めいた旋律（第一主題）で開始されます。

ここで、早速楽譜の比較に入りたいと思います。フラット7つというのは読みづらいということで、Alpuerto版（アントニオ・イグレシアス校訂）では嬰ト短調に書き改めています。シャープ系は一般に「明るい」調性と感じる方が多く、この曲想に合わないという意見もあります。しかし、平均律の立場では実際に鳴る音は同じです。譜読みが楽になるという大きな長所がありますので、このような書き換えは十分意義があると考えます。もちろん、変イ短調であることを忘れてはなりませんが。

クライマックスの部分。なにげに、イベリア独特の跳躍が左手に現れます。

最後の譜例は、第一主題とは対照的な爽やかな第二主題が高音部で再起する部分(Meno mosso以降)。霧の世界を抜け、あたりが晴れ渡り、いよいよイベリアの美しい情景が呼び覚まされようとしています…

次回は、スペインの海辺の風景を表した「港」をご紹介します。

この連載では、特に注記しない限り春秋社版の楽譜を引用させていただいております。