ピアノのための練習曲集第1巻

第6曲「Automne à Varsovieワルシャワの秋」

ポリリズムと1指による同音連打の練習曲。全練習曲中最も複雑なポリリズムが展開される作品です。 それにもかかわらず、冒頭「Presto cantabile, molto ritmico(リズミックに) e flessibile(柔軟に)」の指示があるように、メロディは自由に歌わせなければなりません。

リゲティは次の様に述べています：

第6曲<ワルシャワの秋>では、ひとりのピアニストが2本の手で同時に2種類、3種類、時に4種類の異なった速度で演奏しているように聞こえる。この作品は、3，4，5，7という音価で縮小・拡大される一種のフーガなのである。アフリカ音楽における超高速の<基本パルス>を知ったおかげで、私はこの練習曲のようなポリリズム(あるいは<ポリテンポ>)を実現できた。(リゲティ、CD解説より)

「フーガ」、つまり、「歌」なのです。

以下、ポリリズムの時間的推移を中心に、曲全体を把握してみます(一部、短すぎるフレーズは省略しています)：

下降旋律のみ

最初、基本パルス以外は全て下降音型になります。完全ではありませんが、半音階的です。従って、全ての下降音型は相似と考えることもでき、リゲティの「フーガ」という言葉は言い過ぎではないと考えます。しばらくすると、下降音型の鏡像とも解釈できる上昇音型も現れます。

左端の数字はポリリズムの比です。

• 4 (＝基本パルス)(1小節目。序奏。安定した印象を与える「4」を使っている。この16分音符が基本パルスとしてずっと使用される)
• 4:5 (＝基本パルス：上声) (2〜14小節目。「cantabile」と指定された上声はややゆったりと聞こえる「5」。10小節目に「molto cantabile」の指示)
• 5:5 (14〜15小節目。珍しく上下声のリズムが揃います。ここで下声の音量がmp→mfと大きくなります)
• 4:5 (15〜18小節目。最初のリズムに戻る。上声の音量がmfになります)
• 3:5、4:5、5:5、3:5 (18〜20小節目。3:5を中心に小刻みに変化)
• 4:5 (21〜22小節目。基本パルスでのB音連打が特徴的。1指で同音連打しなければなりません)
• 6:5、3:5、3:5 (23〜24小節目、ここも3:5を中心に小刻みに変化)
• 5:3 (25小節目、ここで上声の「5」が途切れ、「3」に変更され切迫感が増してくる)
• 5:4:3 (＝下声：基本パルス：上声) (26〜30小節目。最初のリズムに「3」が追加され切迫感が増すと共に複雑化します)
• 5:3:3
• 5:4:3 (34小節目)
• 3:4:5
• 3:3:5 (41小節目、「3」が低音域に降りていきます)

躊躇いながら上昇する旋律が追加される

• 3:3:5 (43小節目、低音に降りていった「3」が一度リセットされ、中声部に移動して再び下降していきます)
• 3:7:3:5 (＝基本パルス：下声：中声：上声)
  (44小節目ラスト〜。素数「7」が第4の声部として登場。アクセントが付いており、独立した音色で奏でると効果的)
• 4:3:7:5 (＝[基本パルス＝下声]：中声1：中声2：上声)(47小節目中央部〜[下譜例])

この47小節目以降[下譜例]は、作品中盤のクライマックスへ向けて、下声を伴う基本パルスが徐々に音数を増すと共に、音量もffまで増します。「4種類の異なった速度で演奏しているように聞こえる」(リゲティ)箇所が初出しているところでもあります。

• 5:3:7:5
• 6:3:7:5 (49〜51小節目[下譜例])
• 7:3:7:5
• 8:3:7:5
• 11:3:7:5 (〜55小節目[下譜例])

この部分[下譜例]では、3つの主旋律[3:7:5]が下降している一方で、基本パルスのアルペジオが拡大するに従い、音域も広がり、最高音が上昇していくことで、1つのクライマックスを築き上げています。見事な作曲技法です。

• 5:5 (55小節目[上譜例最下段]) (クライマックス直後、両手ユニゾンとなり、基本パルスが唯一途切れます)
• 7:5 (＝下声：上声) (62〜73小節目。73小節目第3音[下譜例]で最高音のCに到達。高音が煌めく最も美しい箇所)

• 7:4:5 (＝下声：中声：上声) (73小節目〜)
• 7:4:3 (75小節目〜、上声が「5」→「3」と変化し、切迫感が増します)
• 5:7:3:4 (78小節目〜)
• 5:7:4:3 (82小節目〜[下譜例下段]。上声と中声が入れ替わっているだけで、実はリズムは変っていません。「3」が上声に移動する発想が素晴らしい)

• 5:7:3 (85小節目〜)
• 3:3 (87小節目〜。複雑化したリズムが小休止して、中高音に音が集まります)
• 3:4 (88小節目〜)
• 3:4:5 (89小節目〜。44小節目以降同様、この「5」の下降が印象的)

はっきりとした上昇旋律が参戦

• 3:5:4 (91小節目〜[上譜例]。上声部に はっきりとした上昇旋律が初めて現れます)
• 2:5:4 (95小節目中央)
• 2:5:3 (95小節目後半)
• 2:3 (96小節目〜)
• 2:2
• 1:1 (97小節後半〜98小節第3音[下譜例]。両手が基本パルスと同化します)

• 67 (98小節目4音目〜[上譜例]。Desによる基本パルスが素数の67個続くなか、多層的に上昇・下降旋律が折り重なっていきます)
• (67):7 (上昇旋律[9度の和音]の追加)
• (67):7:5 (下降旋律の追加)
• (67):7:5:4 (更に下降旋律の追加)
• 3:7:5:4 (以下、基本パルスの推移のみ)
• 11:7:5:4
• 6:7:5:4
• 11:7:5:4 (以上、[上譜例])
• 4:7:5:4
• 5:7:5:4
• 2:7:5:4
• 1:7:5:4
• 2:7:5:4
• 4:4 (105小節目〜。リズムが集約していくと共に、音量が増していきます)
• 3:4
• 3:3
• 2:2
• 1:1

ラストに向けて、再び下降旋律ばかりに

• 4:4:4:5 (107小節目〜。下声部に上昇旋律が残りますが、はっきりとした主張はしません。躊躇いがちです)
• 3:4:5 (112小節目〜。力強い9度の和音を中心に、全ての旋律がパルスと共に堂々と下降していきます。これはラストまで続きます)
• 3:4 (116小節目〜)
• 3:3
• 3:2
• 2:2
• 1:2
• 1:1 (120小節目〜ラスト。基本パルスが初めて速度を上げていき、最低音を強打して終了します)

このように、リズムを数値で表して並べると、機械的な作品に思われるかもしれません。しかし、cantabile, molto cantabileなどの表現指示がある様に、音楽的表現を重視した演奏をしなければなりません。